2008年04月27日

おとなの交通事情

信号無視.JPG

少年「あっ!信号無視!!!」
自分「しまった、見つかってしまった。」

まずぃなぁ・・・
これは少年サッカークラブの練習を終えてから、自転車で帰る途中でのことだったのです。また見ていたのがうちのクラブの子だったのでした。

自分も少年の頃は彼のように正義感に満ちあふれて、人は右、自転車は左、信号機が設置されている交差点ではちゃんと信号表示に従う。そういう比較的律儀で真面目な子供だったのです。

しかし時が経つとなんですよね、自分の都合といいますか、なんといいますか、状況判断が出来るようになってくる分、身勝手な行動がとれるようになってしまうようです。

特に車の通りの少ない交差点というのは、歩行者や自転車に乗っている方というのは信号無視を見かけます。(自分もですね。)
また押しボタン信号機が付いている場所などでも、車の姿が見えなければ押しボタンを押さずに渡ってしまうこともあります。この時の心境というのは、わざわざ自分一人が渡るのに車に止まってもらうのもねぇというような、妙な気の使い方をしている時もあったりします。

少年に見つかった日は特に急いでいるわけでもなく、まったく車が走ってくる気配を感じなかったので、いつもの状況判断のスイッチが条件反射的に作動してしまったのですね。
少年の前での信号無視は反省しますが、こういう時に自分は大人なのだと強烈に実感します。


道路幅7m、左右車の姿がまったくありません。手押し信号は赤。さてどうします?

手押し式信号機.JPG

大人の交通事情。なんともかんとも。
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2008年04月25日

旨い肴で

つらい酒羅場というのがある。我慢我慢我慢の忍の接待などがそうだろう。
そういう場所で商売を成立させて行ける人などは羨望のまなざしを持って見る。
自分などはお世辞、おだて、おべっかなど他人を奉りあげることに関してはまったく才能がなくて、アホにはアホと、タコにはタコと相手の顔に書いてあると、そのまんま正直に言ってしまいたくなるのだ。
そんなことから接待の席は大の苦手としている。

だからと言ってお酒の席が嫌いなのではない。熱く語れる席であれば好んで参加させてもらう。そこには感じ合える話題という旨い肴が幾つも並べられるのだ。
旨い肴は堅い話とは限らない、甘いもの、辛いもの、味の濃い物、薄いものなど色々である。さらに味付けをして行くとなおいっそう楽しめる。この味付けが極めて巧みな語り手がいると、その場は盛り上がりをみせるのである。

昨夜の酒は旨かった!
そして今日からまた一歩一歩。
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2008年04月24日

クラリスワークスの思い出

アップル社のコンピューター(マッキントッシュ)を古くから使っていた方なら、クラリスワークスを知らない人はいないだろう。特にファミリー層向けに発売されていたマッキントッシュのPerformaなどには、最初からバンドル(同梱)されていたアプリケーション(ソフトウェア)なのである。
どんなアプリ(アプリケーション)だったかというと、文章が書けて、表計算ができて、簡単なお絵描きも出来るという、これひとつあればそこそこの資料は作成出来てしまうというものなのだ。

最初のパソコンがPerformaだったので、わざわざ新たなアプリを買うまでもなく、そのまんまクラリスワークスを使っていた。使い慣れると、多機能の割には軽く動いてくれるということが分かり、大概の文章や資料はクラリスワークスで作成するようになっていたのである。

世にマイクロソフト社のWindows95が登場し、会社でも本格的にパソコンの導入検討が始まった。
当時すでにマカー(マックユーザー)化しつつあった自分は出来る事ならばマッキントッシュをと切望するのだが、もうひとりの自分はCADAM(キャダム)というソフトウェアを使って、図面を描く仕事をしていたのである。このCADAMというソフトウェアは前内閣総理大臣の田中角栄が逮捕された事件に関係したロッキード社の航空機設計用に開発されたものなのだ。もちろんその事件に自分は関与していないので悪しからず。W

零細な会社ではあるが、会社の将来を考えて数百万を投資したCADAMである。それをここでマッキントッシュ用のソフトに替えてくれとはいくらなんでも言えない。まして自分はオペレーターとして積んで来た経験もある。
当時CADAMを動かすためのOS(オペレーション・システム)はIBMのOS/2(知らないよね)というものであったのだが、IBM製というプラットホームを考えれば、先々はWindows用のCADAMが登場すると予想されていた。となるとやはり会社ではWindowsの導入にならざるを得ないわけだ。

Windowsの代表ソフトウェアは、EXCEL(表計算)やWORD(文章作成)であろう。当然のように事務系社員の方々はマイクロソフトOffice系のソフトウェアを使えるよう勉強を始める。ところがだ、クラリスワークスに慣れてしまった自分は、すぐに切り替えられなくて以前のままクラリスワークスで資料作成を続けてしまう。資料は会社ではつくれないから自宅で作成してくることとなる。
マックはDOSに対応しているというのに、Windowsのマシンはマックのデータを受け付けないときたもんだ。プンプン!

あまりにも不便を感じて、自腹をはたいてこんなものを買ったのだ。

クラリスワークスW.JPG クラリスワークスWW.JPG

仕事熱心である。


しかし、勝負の世界は厳しい。需要がなければ消えて行くものもある。
ベータvs VHSの対決。
最近では、HD DVD vs ブルーレイディスク
そしてクラリスワークスvs マイクロソフトOffice
ということで現在では我が家のマックにはクラリスワークスではなくてマイクロソフトOfficeがインストールされている。

OfficeM.JPG


グッバイ! クラリス

クラリス.jpeg


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2008年04月23日

しまむらボーイ

それは島村でも嶋村でもシマムラでもなく<しまむら>なのだ。
いつのころからは少年は“しまむらボーイ”と呼ばれるようになった。
あくまで呼ばれるようになったのであって、本人が希望して自ら名乗ったニックネームなどではない。

では<しまむら>とはいったい何なのか?
それは庶民的な価格で衣服を提供してくれる店なのである。
正確には<ファッションセンターしまむら>と言い、しまむらグループとして全国展開をしている大企業である。

この店舗で衣服を購入するポイントは、目利きであることだ。
良い品を見極める目を備えていれば、低価格でしっかりとしている商品をつかむことができる。

少年はいつもここの服を着ていた。
正確には今もお世話になっている。
小学生の頃はおばあちゃんが良い品を探し出して来てくれたが、中学生になってからは自分自身で足を運び衣服を探すようになった。
彼は家庭の事情を汲んでいるかのようにブランドものには目もくれず<ファッションセンターしまむら>に向かう。
口答えはするが、経済的には懐に優しい少年となった。

誰が呼んだか“しまむらボーイ”
少年は今日も<ファッションセンターしまむら>の衣服に袖を通すのであった。


ファッションセンター しまむら1.JPG ファッションセンター しまむら2.JPG
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2008年04月22日

墓場のメロディ

地下室のメロディ.jpg

古い映画だけれども、ジャン・ギャバンとアラン・ドロンが出演した『地下室のメロディ』は中学生の分際でジャン・ギャバンは渋いなぁなどと思って観ていたんだよね。ジャン・ギャバンと比べるとアラン・ドロンがまるで兄ちゃんみたいに映っていたんだよ。この映画はラストに盗んだお金がプール一面に浮かんでくるシーンが「アラァララララ」という感じで忘れられない。

地下室とは打って変わって早朝は毎日愛犬シンバと散歩をしているのだけれど、それは公園の隣にある墓場の近くを歩いている時のこと、ここでも「アラァララララ」なシーンに出くわしたんだ。
墓には塔婆が幾本か立っているのをご存知かと思うが、その塔婆がいっせいにガタガタガタガタと音を立てたんだよ。それはまるで地面に眠る先祖達が、歌っているかのようだったんだ。これが夜の出来事であったらなら、ビビってその場を一目散に退散していたことと思うのだが、まだ朝の5時をちょい過ぎのこと、塔婆達があまりに見事に動き出す物だから見とれてしまったんだ。

寺.JPG

とぼとぼと歩きながらあれは超常現象なのかと考えていたのだけれど、揺れる木立を見てふっふっふ謎は解けたよ。その現象を起こしたものは“風”。ただ吹き抜けるだけじゃガタガタとまではいかないだろうから、墓場の周辺で風が巻いたのだろうね。春の風が墓場に眠る先祖達を起こしたのかもしれない。
ただねぇ今までに何度もその脇を通っているのだけれど、ガタガタと合唱をはじめたのはあれ一回だけというのはやっぱり不思議なんだなぁ・・・
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2008年04月21日

おばあちゃんはお線香臭いなどと言われたりするのだが、これは仏壇に立ててある写真や戒名を前に毎日拝んでいるからで、まじかで線香をたいているのだから、香りが衣服や髪の毛などに付着するのである。

匂いには臭いと表現する部類のものがある。屁とかおならとか呼ばれている物はその代表と言えるだろう。
あれは高校時代の英語の授業中のことだった。誰かがすかし系の非常に臭い屁をこいたのだが、教室内にその臭いが広がり始めて皆がざわめき出した頃合いを見計らって「おならというものは、<うんこの微分子>なのです。」と教師がこんな説明してくれたことがあった。英語の教師が妙な科学的な説明をしたこともとても印象深かったのだが、この説明には全員が「うげぇー!」と嗚咽したもので、いまだに忘れられないでいるのだ。この先生の説明を信じれば香というのは微分子なのである。それが衣服や髪の毛に付着している間は、香りが漂うのもこれで納得は出来る。

エスニック系のお店などは入り口に近づいただけで独特な香りが鼻腔を刺激してくる。この香りを苦手としている方もいるのだが、自分などはなんとなく釣られてしまう口なのである。はたと気づくと店内を眺めているなんてことはしばしばなのだ。

このように人を誘う匂いの類に近しいフェロモンなどというものはいつの頃から発っせられなくなったらしく、もう何年も自分の周囲に美女が近寄る気配がまったくないのだ。そしてそういった部類に属するような親父達は焼鳥屋に釣られるのである。
この焼鳥屋さんの煙というのは、ビジネスにはたいへんに重要な宣伝方法のひとつになっていることをご存知だろうか?これはホントの話で、香ばしい匂いが周辺に漂っているかいないかでは集客に差が出るのである。

チューリップの花が咲いた、ハナミズキが咲いた。その美しい色とともに春の香りに心もダンシング♪

ハナミズキ1.JPG ハナミズキ2.JPG
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2008年04月20日

ジャージー

「なんでだろ〜なんでだろー」と歌うのはテツandトモであるが、彼らはそれぞれ赤と青のジャージ姿が印象深い。お茶の間にジャージを流行らせたのは彼らだったのではないだろうか?

また赤と青からイメージするスポーツにはボクシングがある。交差し合うグローブが赤と青である。そしてその両者をさばくのはジャッジである。

そしてもうひとつ近所にはシャージというパキスタン・レストランがある。ここのナンはとてもおいしい。

他にもニュージャージやらジャージ牛とかジャージにまつわるモノはあるのだが、そんなことを思いながら二年という月日が経過していたのである。W

それはそれは久しぶりな事であるから、多少イントロダクション(序説)が長くなるところは、これを読まれている方は腹が立つかもしれないが、グッと堪えていただくとして、そもそも興味がなければ読まないわけで、ここまで運悪く読まれてしまったのであるから、この続きも暇つぶしに読んでみてはいかがだろう。
そういうことで久方ぶりのジャズ・ライブである。
このジャズというのも、この文章のように最初のイントロダクションの演奏がやたらとかっこいいのだ。W


地元埼玉県の八潮市の隣町は、全国的に有名な草加せんべいの草加市なのだ。その草加市は日光街道が通っているだけに江戸時代は宿場町。地面を掘れば貝殻が出てくる海抜数メートル地帯の八潮とは違い、昔から発展していた。その名残は商店街などから感じ取れるのだが、路地をちょいと入った所に“SUGAR HILL”というジャズスポットがある。

今回はジャズベースが聴きたいという息子の要望をちょっと満たしてやろうと、“SUGAR HILL”にドラマー、ピアノ、ベース、シンガーという編成の演奏を聴きに行くことにしたのだ。ちなみに今回出演される自分と同年代のシンガーである冴理嬢はあの偉大なロックバンドQUEEN世代。ここで別に年齢をあえてバラす必要は無いのだが、歌うジャンルはJAZZに限らず、ヘビィメタルでもなんでもいけるレンジの広さを持っている彼女は元メタルQUEENだったという伝説を残しているとか。W

しかしだね、こういう“SUGAR HILL”のような箱(ライブハウス)で演奏するJAZZに驚くのは、リハーサルがまずないということなんだ。各パートのメンバーがそれぞれにやって来て、例えばこの日などは全員がそろったのは1stステージの15分いや、10分程前じゃぁなかったかと思う。これは我々アマチュア・ロックバンドではぜったいに考えられない。

しかも各曲を演奏する冒頭に、
「次の曲はCじゃなくてF7 でお願いします。」
「リズムはちょいハネぎみでいきましょう。」
「ベースからはいるといい感じじゃない。」etc・・・な打合せをこそこそっとするわけだ。傍から見てりゃ、「えー、今その場でそんな大事な事を決めて大丈夫なの?」と思うわけね。ところがそれでも演奏の節目がバンバンと気持ちよく合うんだよね。そしてピアノのSOLO、ベースのSOLO、ドラムのSOLO、ヴォーカルのスキャット。これらの即興演奏もJAZZの見応えなんだよね。

息子は中学の吹奏楽部ではパーカッションを担当し、エレクトーン教室ではベースギターを弾き、プライベートではエレキギターも弾いている。そんなことから彼らの演奏レベルの高さに感じるモノがあったようだ。

演奏が楽しくて、その勢いでお酒がガンガン入って、ほろ酔い気分で店を出た。帰りは運動がてら40分程の道のりをテクテクと歩いたよ。歩きながら冴理嬢の歌う「That's the Way I Like It」が聴こえていた。
Aha Aha Aha・・・スキスキスキスキー・・・アッコちゃんも歌ってたジャージーな夜だった。



Drums * 長谷部 健一
Vocal * 冴 理 
Piano * TAKERU
Bass * 新岡 誠

thank you♪
posted by Johnny-Dee at 16:29| Comment(4) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月19日

便所蛾

カマドウマ.jpg

田舎のボットン便所やキャンプ場によく出没するカマドウマは、別名便所コオロギなどと呼ばれて、その短胴長足の容姿から便意を催した民を驚かせてくれる。小生も幼少および少年時代はうんこなどしている最中にぴょこんと現れてくれると、息を殺して気を張りつめて接近させずにいるか、神通力が通じなかった最悪の場合は途中で一旦うんこを止めて、出直すというようなこともあったのだが、つまらぬ大人になってからは想像力が欠如してしまいカマドウマに対する畏怖は感じなくなってしまった。

また屋外に設置された電燈には蛾がよく集まってくる。季節柄モンシロチョウやモンキチョウが飛ぶようなってきているので、彼らもそろそろ登場してくるものと思われる。
公園の便所などは電撃殺虫器が設置されて、その餌食になるケースが高くはなったが、それでもぱたぱたとたむろする蛾というのはあまり気分のよい光景ではない。
暇な学生だった頃のことだが、ホームで電車が来るのを待っていた時に、退屈しのぎに電燈に密集していた蛾の軍団に傘でちょっかいを入れたことがあった。特にその日はなんともなかったのだが、翌日の朝に顔を含めた体中に発疹が現れて、熱に苦しんだことがあったのだ。これには当人もびっくりしてしまった。これ以来、蛾に対してちょっかいを出す事はなくなったのだが、蛾には縁があるのだろう、当家の便所には長いこと居着いている蛾がいるのだ。


モスラ1.JPG モスラ2.JPG

双子の姉妹に呼ばれると目覚めるという伝説を聞いた事があるのだが、我家の便所では便器に腰掛けた際にいつもそこにいて、奴は涼しい顔をしてこちらを見ている。特に攻撃してくる様子もなく、たまに吹いてくるすきま風に揺られるぐらいなので、こちらは騒ぎ立てたりはしないのだが、天井の半分近くを埋める大きさなので圧迫感はある。それにしても長生きな蛾なのだ。息子が幼稚園の時から居着いているからもう十年近くになろうとしている。
posted by Johnny-Dee at 06:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 徒然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月18日

懐中電灯

太陽公園 雨.JPG

太陽公園上空もどんよりとしている。関東地方は昨日から雨が降っている。
雷鳴が轟き、雨風が吹き荒れる夜にいきなり屋内の電気が切れる。
一昔前ではそんなことが起こるのはめずらしいことではなかったし、これが町区内レベルとなると復旧にも時間がかかるので、懐中電灯というのは常備品として存在していましたね。暗闇は人間にただならぬ恐怖感をもたらす。そんな時に一条の光にパァッと照らされるとホッとしたものでした。

懐中電灯 点灯.JPG

昨今はライフラインが充実してきていて、水道も電気も一時的に途絶えても復旧スピードが増している。そのため災害に対する認識度が疎かになってきている感があるのかもしれない。ちょっと前に中学生の親を対象に、災害危機に対するアンケート調査を行っていたのだが、非常時の備品を用意している家庭がほとんどなかったのだ。地震災害など非常時の実体験を持たない関東地方の住民は、もしかすると多くがそうなのかもしれない。

非常持出袋.JPG

それでも懐中電灯という代物は自分にとっては特別な物のようなのだ。そこにあるとすごく安心するのである。そのためか、いつ何時にでも点灯するようにと用心深く電池の残量チェックは怠らないでいる。一種のトラウマなのだが、悪い方でなく、良い方に働くのでウマトラと呼ぶのかもしれない。
光ある所に道が開けるのである。(o^―^o)v


posted by Johnny-Dee at 06:43| Comment(4) | TrackBack(0) | 徒然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月17日

地下牢

地下牢.JPG
posted by Johnny-Dee at 06:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 徒然 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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